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キャノンボールメモ

  • 2008/09/19(金) 21:33:23

今回のキャノンボールに持っていったものを今後の参考にメモ代わりに書いておきます。

■衣類
替えのジャージ
替えのインナー
替えのソックス
ウィンドブレーカー
自転車メガネ(昼用)
自転車メガネ(夜用)
普通のメガネ
タオル(宿用)
Tシャツ(宿用)
パンツ(宿用)⇒これを忘れるとフルチン太郎というたいへん不名誉な名前で一生呼ばれ続けることになるので要注意。
ハンドタオル
サドルカバー

■補給食
BCAA×4袋
パワーバー×2本
CarboShotz×2本

■医薬品
シャーミークリーム
日焼け止め
コンタクト保存液
コンタクトケース
制汗スプレー
シーブリーズ汗拭きシート
ロキソニン
絆創膏
バンテリン
ウェットティッシュ

■リペアパーツ
予備チューブ×2
携帯工具
空気入れ

■その他
財布(お小遣いは念のためちょっと多めの4〜5万円程度を小分けに)
デジカメ
携帯電話
(3日間程度ならデジカメの予備電池や、携帯の充電器は不要。)
キャッシュカード
クレジットカード
健康保険証
運転免許証
印鑑

これだけのものを詰め込んでもまだいくらか余裕がありました。


◎2連装メガ粒子砲
今回は重量増を嫌って、メガ粒子砲は1つだけにしましたが、やっぱり2連装にしておくべきだった。(装備品に関しては唯一の失敗)

◎シャーミークリーム
長時間のペダリンクによる股ずれで海綿体に力が入らなくなってしまうと困るのでシャーミークリームは必需品。

◎ウェットティッシュ
パンク修理の後や、輪行で自転車をバラした際に手を拭くためにウェットティッシュは必須。

○替えのジャージ
替えのジャージ、インナー、ソックスは結局使いませんでしたが、念のため持っていると安心。

○サドルカバー
長距離を乗ってもSLRが意外にも超快適でシリの痛みはまったく無かったのでサドルカバーの出番はありませんでしたが、これも持っていると安心なので、荷物を詰め込んでみてまだ余裕があれば入れておくと良いかも。

×心拍計
追い込んで練習するのが目的ではないので心拍計はまったく不要。最初から持っていきませんでした。

リレーブログ:東京〜大阪キャノンボール 第十一章 『クロネコヤマト宅急便センターを探せ!!』

  • 2008/09/17(水) 08:02:53

第十章からの続き

大阪城で殿下に会って、みんなで記念写真を撮って、缶コーヒーで祝杯を上げたところで3日間の旅は終焉を迎えます。あとは新幹線に乗って帰るだけです。帰りの荷物(着替えとリュックと輪行袋)は、新大阪駅近くのクロネコヤマト宅急便センター留めで、全員分をまとめて事前に送っておいたので、まずはこの荷物を受け取る必要があります。ということで次の目的地はクロネコヤマト宅急便センターですが、まずはその前にお昼ご飯を食べましょう。

宅急便センター方面へ向かいつつ、汗まみれのレーパンマンが入れそうな適当なお店を探していたところ、えっらいガニ股でママチャリをこぐナニワのおっちゃんがやってきて、「兄ちゃんたち東京から来たんか〜、そりゃえらいこっちゃ、ほななー、ワテがうまいもん食わせる店に連れてったるさかいな〜」と言って、おっちゃんの馴染みの中華料理屋に案内してくれました。旅は出会いだ・・・。おっちゃんありがとう!



このまま四国へ渡る古珍太郎先生(=若旦那)とはここでお別れ。とにかく気をつけて怪我しないでね〜。今回の旅行では、古珍太郎先生の笑顔と数々の奇行の大活躍にはたいへん勇気づけられ、楽しませていただきましたので、第2回キャノンボールのMVPおよび山岳賞は文句なしに古珍太郎先生に決定しました。(※)古珍太郎先生の名前の由来については後ほど別記します。



中華料理屋を出たのが12:30、新幹線の時間は14:07、大阪の街ナビゲーターの○クボ先生によると、宅急便センターまでは迷わなければ10分とのこと。が、しかーし、思い返してみれば、今回の旅で、「たら」「れば」のIF文において仮定が成立する方の分岐に飛び込んだことなんて一度もありません。イヤな予感はやっぱり的中し途中で案の定、迷子になりました。途中でヤマト便を扱っているタバコ屋のオバちゃんに道を尋ねるも、虫眼鏡片手に地図を見たオバちゃんにはまったく見当違いの方向を教えられるし(ババアコロスゾ)。すいません、この時間帯、沸点が決して高くはないボキは、迫り来る新幹線の発車時刻に追い詰められて周りが見えなくなり、何回か暴言を吐いたかもしれません。ごめんなさい。


しばらく迷走した後、やっとの思いで宅急便センターを探し当てました。普通の住宅街の民家の隣にぽつんとあるんだもん。これじゃわかんないよー。新幹線の発車時刻まではあと1時間ちょっと。通行人や、ヤマトの職員の方もいましたが何しろ時間がありません、荷物を受け取ったらその場でチンポコをプラプラさせて速攻で着替えます。

ニャロメキャプテンとボキはサイクリングヤマト便を使って自転車を自宅に発送、あとの3人は新幹線輪行なので、ひとまずここでお別れ。後ほど新大阪駅に再集合です。送り状などを記入して戻ってきたら、手の空いたみなさんが前後輪を外して梱包の準備をしておいてくれました。2人ともものすごい集中力を発揮し、20分ほどで全ての作業を完了しました。


Tシャツ+短パンにリュックをしょっただけの軽装でタクシーに乗り込み、新大阪駅へ到着したのが新幹線の発車時刻30分前。よし間に合った!駅構内でお土産を買っていると、改札口にて輪行袋を背負った3人のレーパンマンを発見。こちらも時間がギリギリで着替えの時間が無かったらしい。殿下には改札をくぐるところまで見送ってもらいました。スケジュールが押しちゃって、せっかく出てきていただいたのに、あんまり一緒にいられませんでした。ごめんなさい&どうもありがとうございました。

さあ次はいよいよ最終章です。

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以下は写真集その2







リレーブログ:東京〜大阪キャノンボール 第六章 『パンクした〜。』

  • 2008/09/17(水) 07:28:28

第五章からの続き

愛知県は岡崎市、知立市、刈谷市と抜けていくと、名古屋まであと少し。幸い追い風だったので、前日の遅れを取り戻して9:30までに名古屋に着こうと若干ペースを上げてここまで走ってきました。この辺りは中京工業地帯のど真ん中。自動車部品メーカーの工場が国道沿いに立ち並び、大型トラックがビュンビュン走っています。道路には細かな金属部品がいっぱい落ちていてるので、何かイヤな予感がするな〜と思っていた矢先、リアタイヤからヌルっとグリップが抜けるような感覚が立て続けに2回。パンクしたーー。これじゃ9:30名古屋は無理だ・・・。とは言っても、チューブ交換作業は手馴れたもですぐに済みましたが。


名古屋市内に入ったのは9/14午前10時くらいだったかな。そのあとはちょっと早めの昼食を摂ってリスタート。太陽が高く昇ってくるににつれ、気温がどんどん上昇してゆき、この日は33℃まで上がったそうです。今にして思えば、ここからしばらくの炎天下の時間帯が3日間の中でいちばんつらかったので、この区間は写真がまったくありません。しかもみんなと会話をした記憶もありません。眩暈と頭痛の熱中症の初期症状になりながらも木曽川までたどりつきました。

リレーブログ続きはこちら

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以下は写真集















リレーブログ:東京〜大阪キャノンボール 第二章 『箱根旧道&1号線ダウンヒル』

  • 2008/09/16(火) 06:13:30

第一章からの続き

もうすぐ旧道七曲。今回は、自分の前の人を抜いてはいけないというルールを設定。今までは、峠の手前でどんなに約束しても、決して守られることがなかった「団子で登りましょう」の取り決めがここまではきちんと守られています。


9/13の早朝5:00過ぎに七曲の看板を通過。何しろ先は長いですから追い込まずにゆっくりと登っていきます。


このあたりで、そろそろルールを破って「ウヒョヒョーイ。」と奇声を上げながら無駄にアタックを仕掛けるヤツが現われ・・・


「コラー、そこのガリレオ止まりなさーい。」とアタックをつぶしにかかるヤツも現われ・・・やっぱりいつもの展開になりました。


旧道バトルの最中に、気がついたら夜が明けてしまいました。ちなみに、前回の箱根錬のリベンジを果たした○クボ先生が最初の山岳賞をゲット!


箱根峠の頂上には6:30くらいに到着。そういえば去年はここで深夜の気温2℃の中、タイヤに空気を入れようとしてバルブをブチ折ったんだっけ・・・。あとは三島に向かって国道1号線を下るだけ。時間もまだ早くて車も少なく、急斜面や急カーブがないので、スピードに乗ったままヒラリヒラリと気持ちよくコーナーをクリアし、爽快なダウンヒルを楽しみました。

三島のデニーズで朝ごはん。写真のタイムスタンプを見ると7:09でした。前日は普通に定時まで仕事をした後、興奮して一睡もできずに0:00にIS○YAに集合して、ここまで走ってきましたが、太陽が昇って明るくなってくると同時に、一気に眠気がおそってきます。いよいよ過酷な倦怠感・悲壮感ただよう3日間の始まりです・・・。


リレーブログ、続きはこちらです。

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無事に大阪に行ってまいりました。IS○YA前〜沿道で見送ってくれた方々、どうもありがとうございました。




大阪→→→東京キャノンボール

  • 2007/11/26(月) 23:43:47

11/22 20:50の新幹線のぞみで東京駅を出発、
11/23 0:30新大阪スタート、
11/25 9:40IS○YAゴール。
1日目 新大阪〜安城(愛知県)231.7キロ
2日目 安城〜小田原 275.2キロ
3日目 小田原〜IS○YA 67.7キロ
3日間のトータル走行距離574.6キロ。よく走ったなー。


GPSのレンタル、およびデータ解析 byさくぞう先生

翌日から3連休とあって、新幹線の指定席はすべて満席、しかたないので自由席を求めて東京駅のホームで行列しました。ホームは大混雑、デカイ輪行袋を持ってうろうろしていると周りの殺気立った人たちの視線が痛いです。


2本やり過ごして、行列の先頭に陣取ることに成功。自由席車両3列シートのいちばん後ろのベストポジションをゲットしました。220km/h巡航の新幹線は東京駅から2時間半で新大阪に到着。


のん気にバンザイしている方がいらっしゃいますが、ここから過酷な3日間が始まります・・・。


自転車を組み立て、新大阪駅を出発したのが11/23の0:30くらいだったと記憶しています。


ニャロメ先生手作りのゼッケン。こういった演出がイベントを盛り上げます。さすがスーパー幹事!輪行袋や電車移動の際に着ていた洋服やバッグ等を、最寄のコンビニでIS○YA宛に勝手に送りつけました。差出人は「大阪3バカトリオ」。これでもう後戻りはできませぬ。


ニャロメ先生に、ぜひ登ってみたい峠があるからと言われて夜中の3時に無理やり連れてこられた暗峠。ありましたよ!とうとう見つけましたよ!!富士あざみラインより強烈、凶悪な激坂。ウヒヒ。


最大斜度30%、平均勾配20%、こんな坂登れるわけねーよ!!最初は面白がってアタックしましたが、ウィリーして真後ろにぶっ倒れて後頭部を強打して死ぬんじゃないかと思いました。(今回のツーリングで生命の危険を感じること1回目)。絶対登れるわけがないので即座に降りて、全行程を自転車押して登りました。自転車を押しているのにときどきウィリーしそうになります。


三半規管を頼りに体が地球に垂直になるように立ってもらって、カメラをまっすぐ構えて撮ったのがこの写真。激坂ぶりが伝わるでしょうか?本気で登るなら、前輪は小径車の18インチタイヤに交換して、ジャックナイフのような前荷重状態を無理やり作ってウィリーしないようにして、前後のギヤを逆にしてファイナルローは23×34でギヤ比1以下にすれば登れるか??


この日、奈良から三重にかけては猛烈に寒くて、気温4度とかそのくらい。空は晴れているのに、みぞれが降って路面はびしょびしょ。自転車にはきびしい天気でした。夜中の0:30から10時間ほど走り続けて、三重県は伊賀市へ到達。場末感ただよう健康ランドで小休憩。


ロングを走るときの理想のフォーム(嘘)。ロングの場合は、前を走る人が後続を飽きさせないために、先頭を引きつつ笑いをとることが肝心。これがスーパーロングを楽しく走るための秘訣です。


名古屋駅でたぐちゃんと合流。先頭は任せた!けどもうちょっと左に寄って走ってくれー。あ、またクラクション鳴らされた・・・。


この日は名古屋からしばらく走って、愛知県安城市のスーパー銭湯で一泊。夕飯はもちろん味噌カツ。ウマー。


がっつり食べてぐっすり寝たのですっかり回復。2日目は気温もだいぶ上がって暑いくらい。


冬場の遠州灘名物の強烈な西風に乗って、たぐちゃんが引きまくる4両列車の巡航速度は余裕の40km/hオーバー。気持ちいい〜♪


ボキの後輪が原因不明のスローパンク(1回目)。たぐちゃんありがと。


静岡県は浜松へ到達。浜名湖で長めの休憩。ドリンクホルダーを流用したキャリアが出発前にあっけなくぶっ壊れたのでTOPEAKのキャリアを買いました。やはりこいうものは専用設計品に限るようです。


弁天島の鳥居をバックに記念撮影。


とても良い写真が撮れました。


あんまり笑わせないでください。お願いします。自分のブログながら会社で見ていて吹きました。(Oクボ先生もとうとう我々のペースに巻き込まれた模様・・・。)


出たー!やっぱり決めは玉当たり調整のポーズ。


静岡県のお茶畑。


静岡市へ抜ける途中にニャロメ先生の檸檬号がパンク。見てくださいこの写真。見事にネジが突き刺さってます。ネジを踏んだ瞬間にガシャリンコン♪という軽快な音が聞こえたそうです。


これ以降はゴールまで写真がありません。あまりにも過酷だったので、ジャージの背中ポケットからカメラを取り出す余裕がなかったです。23日の朝錬の時間にゴールを目指すなら、今日中に小田原に着いていなくてはなりませぬ。箱根峠の三島側のふもとに着いたのが夜の11:00ちょい前。しかもこの日の走行距離はここまでおよそ230キロ。さあこれから箱根超えです!うおー。登るぞー!!なんだこのハイテンション。1時間半くらいかけてようやく登りきりました。三島側からの1号線ヒルクライムは曲がっても曲がっても終わりが見えてきません。長かった、つらかった・・・。230キロ走った後の箱根アタック、この経験は今後の自転車生活できっと何かの役に立つはず!?

頂上に着いたら今度は前輪がスローパンク気味(2回目)でタイヤを押してみるとプニョプニョ。空気を入れようとポンピングしていたら、ブシュー!やってもうた・・・。バルブをぶち折ってしまいました。時刻は夜中の0:30、箱根峠の頂上の気温は2度。これからここでチューブ交換です。自転車に乗っていて、これほど絶望的な気持ちになったことはありません。私たちよりだいぶ速いペースで登ってきたたぐちゃんは、速すぎたことが災いして、すっかり体が冷えて顔色は真っ青。今回のツーリングで生命の危険を感じることこれで2回目。おろおろしているだけの僕に代わって、チューブ交換作業は全てニャロメ先生がやってくれました。みなさん本当にごめんなさい。

11/25の3時に小田原に到着。やっとここまで帰ってきました。万葉の湯で温泉につかって、2時間ほどの仮眠をとって、6:00過ぎに小田原を発ちました。IS○YAにゴールしたときに暖かく迎えてくれた朝錬メンバーのみなさん、そして掲示板の書き込みで励ましてくれた方々、本当にありがとうございました。


過酷だったけど楽しい3日間でした。一生忘れられない思い出ができました。スーパー幹事のニャロメ先生に感謝です。


家に帰ったら鼻血が出ました。体には相当なダメージが残っていたようです・・・。今回のツーリング、いちばんつらかったのは寒さ。それと日が短いので結果的に真っ暗な中を長時間走らざるを得ないので、それで疲労度が増しました。この企画やるならやっぱり気候の良いGWあたりでしょうか。この記事を読んでいただけた皆様、来年のGWは3日間予定を空けておいてください!?
ガリレオのトータル走行距離は10155キロ。ようやく大台に乗りました。